Avec Grace Ballet blog

武蔵小山商店街内のバレエ教室 Avec Grace Balletのブログです。 小さなお子さんから大人まで,初めての方から経験者まで,丁寧に指導します。 詳しくはホームページをご覧ください。 http://avecgraceballet.com

ついに謎が解きあかされる

石井義人  長谷のバレエ歴を記事に書くと、日本のバレエ界の歴史ににもつながり、なんとも嬉しいやら悲しいやら・・・・
 右の写真は、日本人で初めてロシアの舞台で踊った石井梨花さんのご両親。新国立のバレエマスターを勤めた石井潤の叔父でもある。彼のおじが帝劇の一期生の石井行康だそうだ。
 私は小学生のときに、NHKの近くの稽古場まで、渋谷の繁華街を今日は大好きなバレエだから駅から遠く感じるけどがんばると,ランドセルをしょって歩いた。石井梨花さんは一つ下。鹿島建設令嬢や、オリンピック体操選手などの生徒が大勢いて、ハイソな雰囲気をかもし出していた。
 梨花さんを将来、海外でバレりーナにする予定らしく、インターナショナルスクールに通わせていらした。その、誕生会はインターナショナルのお友達であふれかえり、カルチャーショックを受けるほど華やかなものだった。
 さて、なぜ私がバレエをやりながらも、食べることがすこぶる好きなのか。それはいつも厳格な石井先生に、バレエの帰りにラーメンをご馳走していただいた思い出が、忘れられないからだ。しかも、私だけの特別感。(実は帰り道が同じで、先生がお腹がすいていらして、ついでとおもっていたと思う。先生は名前も忘れていると思う)もう嬉しくて嬉しくて。それだけ厳しい方々でした。特に愛子先生は、階段を降りていらっしゃるだけで、私は震えていました。

アヴェックグラースバレエの成り立ち

植田先生1 アヴェックグラースが開校したのは、こちらの男性(植田好文先生)との出会いからです。
 日本のバレエは、ロシア革命で日本に亡命したエリアナ・パブロワが1927年鎌倉にスタジオを開いたのが日本のバレエ学校1号といわれていますが、実は帝劇のダンサーをピックアップしてイタリアのダンサーがバレエを仕込み、今の日劇で踊ったのが始まりです。その第1号バレエダンサーが、松尾明美、貝谷八百子、そして我らの恩師三橋蓮子でした。
 
 その後、小牧正英がロシアバレエ(バレエリュスに彼は在団していました)を日本に持ち帰り、谷桃子バレエ団、スターダンサーズバレエ団、東京シティーバレエ団、小林紀子バレエシアター、橘バレエ団の基礎を築きました。植田好文先生は、小牧バレエ団全盛期のプリンシパルダンサーです。1950,60年代でこれだけの容姿とテクニックのの持ち主はなかなかいませんでした。偶然にも、小さい時にあこがれた植田先生の弟子になり、小牧正英の最後の弟子の一人になれたことを嬉しく思っております。

 植田先生とレッスンの後は必ず、ミスタードーナッツでお茶の時間。
とても可愛がっていただきました。

 

一押しポーズ

一押しポーズ写真集
 マナちゃん、七美ちゃん、了くんです。みんな、がんばってレッスンしております。
涙が出たのは、右の写真。了君です。とっても身体が硬くて、90度から前にいかなかったのですが、背中を押してる優樹先輩、温かく見守るボーイズ、そして心を鬼にしてがんばる、泊先生、私のおかげでここまできました。

manaなな^ポーズ写真
ギャラリー
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