Avec Grace Ballet blog

武蔵小山商店街内のバレエ教室 Avec Grace Balletのブログです。 小さなお子さんから大人まで,初めての方から経験者まで,丁寧に指導します。 詳しくはホームページをご覧ください。 http://avecgraceballet.com

相当昔の話ですが・・・

cite 左の写真は、パリに住んでいた時のレジデンスです。
向って左の棟2階に住まわせていただきました。
cite universitaire という国際大学都市です。
 世界中から将来ノーベル賞を取るぞ、とか世界的な指揮者になってやるぞ,などとい若い学生、研究者、学者が集まって住んでいます。私たちは運良く、中央館に入居しました。1階には、レストラン、銀行、郵便局がありとても便利。映画館まで入っています。そして幸運にも、地下にはプールや、スタジオがありました。
 バレエ教室の真上に住めたわけです。解剖学もあり、ダンス全般のクラスが備わっていました。本当に残念ですが、私のフランス語力では解剖学などわかるわけもなく、現在に生かされていないのが、皆様に申し訳ない気持ちです。(その後、井上バレエ団の方に、解剖学は手ほどきをうけました)現在ネットで検索すると、バレエクラスが出てこないので、なくなってしまったかもしれません。スポーツジムになっているような気がします。アメリカ館、イギリス館、ブラシル館と世界の館があり、我が日本館もあります。次回は日本館をご紹介しましょう。

出会いは電車の中

 尾本安代先生と出会ったのは、小学生のころ。舞台上の尾本先生と、大塚礼子先生は日本人の中の外人だった。私が母には感謝するのは、小学生のころから文句も言わず、いろいろな舞台を観るチャンスをあたえてくれたことだ。当時でも、海外のバレエ団は2万近いチケットだったと思うが、小学生の私に買ってくれたのだから今思うとたいしたものである。その一つとして、谷バレエ団も観ていたようだ。
 当時から海外のバレエ団も観ていた私にとって、日本のバレエ団はどうもピンとこない気がした。王子はやはり、青い目でしょう。姫はブロンドの髪で目がくりっとして、など文句が多かった気がする。そこへ突如現れた、上記のお二人、すごい!と思った。
 その方と、再び再会するのは、高田バレエスタジオで体ならしにレッスンへ通ったころ。代講でやってきたのが尾本先生だった。それからしばらくお会いしていないのだったが、電車の中で再会した。私が驚いたのは、記憶力。袖振り合うのも多少の縁であるが、ずっと昔に触れ合った人の名前も、「ああ、あの時の○○さんね。そう、○○さん元気?」など優しくいたわるのである。(みなさん、うかうかできません。先生は、教えていない生徒も把握しておりますよ)私は、なんてすごい方だろうと思って、すぐ弟子入りをお願いした。
 その後の先生の天才ぶりは驚嘆してばかりである。

 尾本安代は1970年代にキューバ(カストロ政権の共産国でわれわれ日本人からしたら、なんとなく恐いイメージだ)に文化庁の派遣で留学している。アリシア・アロンソについてバレエを学んでいる。理由は、年をとっても劣らないスーパーバレリーナだったからそうだ。その後、世界中で踊ってくれとオファーがあり、日本ではタイトルロールをほとんど踊り、彼女が初演で主役を踊ったもの多数ある。
 驚くべきは、彼女のために公演を催すパトロンもいた。(尾本安代のために、音楽、衣装、舞台美術、ダンサーが全て集められた)
 時代も、日本では遅れてきたダダイズム。そうそうたるメンバーが集まってバレエを創れたのだろう。
 
 昨今、日本人も外人のようなルックスを持ち、お姫様のような方も現れたが、尾本安代の天才振りを抜く方は、まだ観た事がない。

ぽっぽちゃん

http://blog.livedoor.jp/chidori527/archives/51451712.html

 私が芸事を始めるきっかけになったのは、おばさん(血縁ではありません)が磯野千鳥という、SKDの看板女優(女性役で大幹部はめったにいませんでした)だったからです。赤ん坊のころから、磯野千鳥を観に、SKDへ通っていました。磯野さんは、戦後一期、宝塚音楽学校を首席で出られた方です。この年は、宝塚史上最大の受験者数で、一番で合格。いまだに、宝塚の式典には呼ばれています。(宝塚は首席というのは一生ついて回るらしく、式典は必ずお呼びがかかる)裁判官だったお父様から受け継がれた品の良さ、可憐なお嬢様は85歳ぐらいになられた今でも健在。本当にお美しい。
 80歳からスパニッシュを習って、膝の軟骨が磨り減って相当痛いにもかかわらず、発表会で踊っています。脚のヘルペスのお見舞いに行くと、ベットの上で背筋を伸ばしきちっと足をクロスさせ首筋もしっかり伸ばして座っていらっしゃいました。
 病にも決して負けない根性は、たいしたもの。
海賊公演に招いたお一人です。物静かな、柔らかいお人柄。いじめられたことも多々あるけど、「舞台の上では絶対負けない」が口癖です。見習いたいですね。
 
 宝塚音楽学校からSKDへ移行された方は、磯野千鳥さんだけだと思われます。
そうそう、先日℡で、私は今のバレエの方はわからない。バレエのお友達は谷桃子さんとおっしゃっていらっしゃいました。
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