a7 4月の中旬、倉敷に引っ越した藤原奈美ちゃんの、バレエの先生からinvitationが届く。今度の発表会で主役を踊るので、是非いらしてくださいとのこと。
 奈美ちゃんがアヴェックに在籍していたのは、ほんの7歳8歳のころ。
 お別れの時、「この子は本当にバレエが好きだから、地方で続けるのは大変だと思うけど、やらせてあげてね」とママにお願いした。 
 到着すると開口一番「ここまで支えて下さったママに感謝するように。お母さんが頑張ってくれなかったらできなかったよ」というときょとんとした奈美ちゃんの顔。
 ママは、衣装も手作り、週に4日も車でお稽古の送り迎え、自分の仕事をこなしてくださっていた。「せんせーーい。泣きそうなのはママでした」 アヴェックを去ってからも、「先生、あと少しでバレエ協会の作品に出演できる」など、どれほどバレエが大好きかをメールしてくれていた。ある時は、先生と東京に舞台を観に来たと、教室に顔を出してくれていた。今度は私が出かける番です。岡山空港から車を飛ばして、倉敷へ。なんと、相手役は柄本武尊君。「元気だった?」「一度バレエをやめていましたが再度ダンサーやっています」とのこと。嬉しくて、私は武尊君を応援してましたー、と十何年たってやっとお伝えできました。
 現在東京バレエ団で主役を務める柄本弾君のお兄様である武尊君は、ストイックで、神経質で近寄るのも恐いダンサーでした。その彼曰く「先生はもっと恐かった」えーーーー。
お互い、丸くなった。優しくなった。棘が無くなった。
 無事、黒鳥のGPDDも終わりほっとした。練習でできたことがなかった32回転も客席からの恐い私の視線を感じてて必死に頑張ってくれていた。それでは西日本のバレエの旅を続けまーーーす。