Avec Grace Ballet blog

武蔵小山商店街内のバレエ教室 Avec Grace Balletのブログです。 小さなお子さんから大人まで,初めての方から経験者まで,丁寧に指導します。 詳しくはホームページをご覧ください。 http://avecgraceballet.com

2017年05月

ここまでできるか

https://www.youtube.com/watch?v=Mw1dMXJkPms
https://www.youtube.com/watch?v=D3Vy_kXhfM8
https://www.youtube.com/watch?v=CUjxERj2ctY
https://www.youtube.com/watch?v=fpNlIMfTdHA&t=2s
 
 コンクールクラスでお世話になっている坂地先生も、火曜日木曜日に講師として春から教えてくださっている、米倉先生、沖田先生は長年の海外でのバレエ人生を経験していらっしゃいますね。
一口で、海外でのバレエ生活と話すと、優雅で楽しそうなイメージですが、どれだけの努力と苦労をしていらっしゃったかは察することができます。
 まず、ヨーロッパでは相変わらず、日本人は日本人。差別も立派にあるでしょう。昨日レッスンで、沖田先生がキーロフバレエ学校時代、棒でたたかれ一週間レッスンできない怪我をしたけれど、先生は笑ってすますだけだったとさらっとおっしゃった。

 上記のユーチューブをいつブログに登場させようか考えていたが、主にボーイズたちは見て欲しくて投稿した。
私は、優雅な上品な顔をしながら、精神はこの夫婦のようなものがバレエだと思っている。
山頂を目ざすには、この精神力が必要だよ。(このユーチューブをみる度に、まだまだ甘いと自分にいいきかせています)

各地へ飛ぶ先生3 (中身が大切)

 道後最終日は、以前ブログで紹介した、アヴェックグラースバレエの創設のきっかけである、植田好文先生とお会いしました。

 2時間に渡る朝食デートで、日本バレエの歴史をお聞きしました。「書きとめて論文にしないといけないですね」と言うくらい、ほとんどのバレエ界重鎮の方々を良く知っておられます。バレエ団の枝分かれの原因や理由まで丁寧にお話くださり、あきることのない時間でした。

 参考になったのは、バレエは人柄、人格がものをいうということ。
植田先生はとても厳しい方で、レッスン中に「もうあなたは二度と自分のレッスンに出ないでください」とおっしゃり、生徒が減ってへって、あるときは私が一人になったことがありました。
先生それはないでしょうと思ったこともありました。
先生が出て行きなさいと言った理由が、最近やっとわかるようになりました。下手だとか、できないだとかではなく、
その人の心のありようを見抜く結果の言葉だったと思います。
 この日の会食で再確認いたしました。当時の生徒の人柄をものの見事に言い当てておられました。

 オペラ座はエトワールになるには、人柄、人格、それに加え家柄もあるようです。
私たちは、とても大変な世界に足を踏み入れました。できればいいわけでも、お金だけあればいいわけでもない。
表に見えない心の中身が問われているのです。

各地へ飛ぶ先生2

a9 さてさて、倉敷から上郡という赤穂市ではなく、赤穂郡(つまり山の方)の現在空き家になってしまった家の掃除をしてから、レンタカーを走らせて松山を目指しました。
80キロ出すのも恐い私が、回りの速さに合わせて、100キロ110キロ・・・どうにでもなれ・・・と瀬戸大橋を渡り、見事3時間30分で到着です。

 目的は、道後温泉。ではなくて、アヴェックのアシスタントをやってくださっていた、長谷川さやかちゃんにまずお会いすること。
 こんな素敵なご主人と幸せそうに暮らしていました。ここまで来るのに何千里。名家のお嬢様であるさやかちゃんがとてつもない壁を突き破り悩んだ挙句、くだした判断。間違っていなかったと見届けました。グルメなバレエの先生の元で、松山でもバレエやっておられました。(そういう先生をやっぱり選ぶ?)  とにかく、幸せそうでした。良かった良かった!

各地へ飛ぶ先生 1

a7 4月の中旬、倉敷に引っ越した藤原奈美ちゃんの、バレエの先生からinvitationが届く。今度の発表会で主役を踊るので、是非いらしてくださいとのこと。
 奈美ちゃんがアヴェックに在籍していたのは、ほんの7歳8歳のころ。
 お別れの時、「この子は本当にバレエが好きだから、地方で続けるのは大変だと思うけど、やらせてあげてね」とママにお願いした。 
 到着すると開口一番「ここまで支えて下さったママに感謝するように。お母さんが頑張ってくれなかったらできなかったよ」というときょとんとした奈美ちゃんの顔。
 ママは、衣装も手作り、週に4日も車でお稽古の送り迎え、自分の仕事をこなしてくださっていた。「せんせーーい。泣きそうなのはママでした」 アヴェックを去ってからも、「先生、あと少しでバレエ協会の作品に出演できる」など、どれほどバレエが大好きかをメールしてくれていた。ある時は、先生と東京に舞台を観に来たと、教室に顔を出してくれていた。今度は私が出かける番です。岡山空港から車を飛ばして、倉敷へ。なんと、相手役は柄本武尊君。「元気だった?」「一度バレエをやめていましたが再度ダンサーやっています」とのこと。嬉しくて、私は武尊君を応援してましたー、と十何年たってやっとお伝えできました。
 現在東京バレエ団で主役を務める柄本弾君のお兄様である武尊君は、ストイックで、神経質で近寄るのも恐いダンサーでした。その彼曰く「先生はもっと恐かった」えーーーー。
お互い、丸くなった。優しくなった。棘が無くなった。
 無事、黒鳥のGPDDも終わりほっとした。練習でできたことがなかった32回転も客席からの恐い私の視線を感じてて必死に頑張ってくれていた。それでは西日本のバレエの旅を続けまーーーす。

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