佐久間美帆さんが、小林紀子シアターの「春の祭典」に出演させていただくことになり、久しぶりに舞台を観に行くことができた。客席は、昔懐かしい先生方とお会いして交流を深めた。帰りには、以前お世話になった加藤ゆり先生と新国立劇場のフレンチレストランでお食事をして、しばし談笑させていただいた。

 春の祭典といえば、「ストラビンスキー」が作曲者であることはご存知の方も多いでしょう。
その作曲の依頼者は誰であるか、を知る人になるとぐっと減るでしょう。バレエを習っている人でも「ニジンスキー」と答えられる人は殆どいないかもしれない。いや、「ニジンスキー」って誰ですか?と言われてしまいそうですね。

 バレエを宮廷のお遊びから、興行として広めたののは、「ディアギレフ」という人物で、世間をあっといわせる妙技を踊ったのが、「ニジンスキー」である。その彼が自作のために作曲させたのが、この『春の祭典』だ。
この一曲が、「シャネル」と「ニジンスキー」の熱愛に繋がったことを知っていましたか?
映画にもなっているようです。
以下映画紹介のようですが、詳しく書いてありますので、参照ください。


まずは、1913年のパリ。20世紀の芸術的事件となったバレエ・リュスが、 『春の祭典』シャンゼリゼ劇場で初演するシーン。ストラヴィンスキーが作曲した画期的な音楽に、ニジンスキーがこれまた画期的な振付を行った『春の祭典』がパリの人々にどのように受け止められるのか。終始、落ち着かないストラヴィンスキー。幕が開いて舞台が進むに連れて、<春の虐殺>とも呼ばれた一大スキャンダルに発展する。お互いに相手を傷つけ合う、ニジンスキーとストラヴィンスキー・・・・
しかし、その劇場に居合わせたシャネルは、20世紀の新しい芸術の誕生に大きな衝撃を受ける。
このシャンゼリゼ劇場の『春の祭典』初演のダンスは、07年にアヴィニヨン・フェスティバルでニジンスキーの『牧神の午後』を上演した、ドミニク・ブランが本格的に再現している。劇場にも多くのエキストラが投入されて、壮絶な事件をとらえられおり、最初のクライマックスとなっている。

 
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『春の祭典』初演のスキャンダルから7年後、恋人、ボーイ・カペルの事故死で悲しみにくれるシャネルと、祖国の革命のために全財産を失ったストラヴィンスキーが、ミシア・セールとディアギレフを会して出会う。ストラヴィンスキーの才能に惚れ込んだシャネルは、作曲のために彼女が所有するヴィラに移り住むように提案する。喜んだストラヴィンスキーは、肺を病む妻と4人の子供たちとともに、シャネルと同じ屋根の下で暮らす道を選ぶ。
そしてふたりはたちまちのうちに激しい恋に落ちる・・・
その後のシャネルは、世界的に大ヒットした香水、No.5を作るなどの活躍をしながら、結婚という制度に女性の代表として一人で立ち向かうかのように、自身の生き方を確立していくことになる。
シャネルの映画や舞台多く公開されているが、この映画はシャネルとストラヴィンスキーの恋にポイントをしぼって描き、そこからシャネルという女性の魅力と偉大さを浮かび上がらせている。